死を覚悟した大事故。私が「完璧な子育て」を手放した日

マインドセット
毎日、本当にお疲れ様です。

「凪(なぎ)」のような穏やかな心を取り戻すお手伝いをしている、凪亜季です。

今日は、私が今の「心に余白のある生き方」にたどり着くまでの、少しショッキングだけど、とても大切な出来事をお話しさせてください。

実は1年半前、私は高速道路で単独事故を起こしました。

車は完全に廃車。

今こうして生きてブログを書いているのが不思議なくらい、一歩間違えれば命を落としていてもおかしくない大事故でした。

突然の事故と、コントロールできない恐怖

事故が起きたあの日。
わたしは、子供たちと遠征の帰り道でした。
サービスエリアで夕食をとって再出発したのは、19時半くらい。

しばらくはワイパーもいらないくらいの小雨。
トンネルに入って、何も考えずに長いトンネルを抜けた瞬間

景色が一変しました。

一気に雪が降りしきり、道路はあっという間にシャーベット状態になっていたんです。

「あ、ぶつかったらやばい!」

前の車に追突してはいけないと、私はいけないと分かっていながらも、我慢出来ずにハンドルを切ってしまいました。

その瞬間、タイヤの制御を完全に失った車は左へ右へと大きく滑り出し……そのままの勢いで、右側のガードレールに激突しました。

凄まじい衝撃でした。

乗っていたのが大きなSUVだったから、奇跡的に命が助かったのかもしれません。
フロントのライトは完全に潰れ、車体は無残な姿に。

「これ、動くか……?」

パニックで震える手でハンドルを握り直し、なんとか這うようにして、左側のチェーン脱着場まで車を寄せました。

日曜日の夜、車の量も少なくはない高速道路で、右側から左側へ何もなく寄せれたことが、まず奇跡だと思いました。

ここで後ろから車が来ていたら、ぶつかってたかもと思うと、今でも恐ろしい気持ちになります。

ただその時は、車が完全に大破した絶望。
あと少しでローンが終わるはずだったのに……我が家には車はこの1台だけ。これからどうしよう。。。。

そして何より、「大変なことをしてしまった」という恐怖。

夫に怒られるかもしれない。冷たい目で見られるかもしれない。
そう思いながら、子供たちの無事を確認して、車内で保険会社に電話したり、警察に電話したりとあたふた慌てる始末。

子供たちのほうが、もしかしたら冷静だったかもしれません。

絶望の中で触れた、思いがけない人の温かさ

でも、そこに駆けつけてくれた高速道路会社の方たちは、私の想像とは全く違いました。

信じられないくらい落ち着いた、優しい声で話しかけてくれたんです。

「大丈夫ですか? 雪降ってるから、中にいていいですよ」

その冷静で温かい声を聞いた瞬間、もう感謝しかなくて。
子供たちに謝るしかなくて。

その後、降りしきる雪の中で現場検証をしてくれた警察の方々。
幸い、ガードレールは何ともないよ、と言ってくれて何もお咎めなく、警察の方には報告だけで済みました。(何もなってなかったのか、どれだけか滑って走ったから、気づけなかったのか?わかりませんが、、、)

淡々としたお仕事の中にも、子供たちがいることに気がついて、ギリギリまで外に出なくていいって気遣ってくれたり、なんだかとても優しい空気が滲んでいました。

そして最後に、大破した車を運んでくれたレッカー車のお兄さん。
保険の件でいろいろ調べてくれて、何か私たちが困らないように最善の方法を探してくれたんです。

本当は、レッカー車にお客さんを乗せるのはルール外のはず。
それでも、雪の中で震える私たちを見て、途中のサービスエリアまで高い助手席に乗せて運んでくれました。

車を大破させてしまって、「怒られる」とばかり思っていた私に降り注いだのは、あらゆる場面での信じられないほどの「人の温かさ」でした。

「生きてるだけで十分なんだ」という気づき

冷たい雪の中で、その温かさに触れた時。

そして、レッカー車の助手席で、無傷で隣に座る(一人は寝る)子どもたちのホッとした横顔を見た時。

私の中に、ひとつの思いがハッキリと湧き上がってきたんです。

「ああ、生きててよかった」

「私、自分の人生、諦めたくない」って。

無事に家に帰り着いたあの日。私が一番最初に手放したもの。

それは「完璧な子育て」でした。

それまでの私は、「お母さんなんだから、ちゃんとしなきゃ」と、子どもに対しても自分に対しても、常に100点を目指して息を詰まらせていました。

でも、あの事故を経て、「命があって、今日一緒に笑えているだけでもう十分なんじゃないか」と心底思えたんです。

だから、子どもに対して「まあ、いっか」と許すことにしました。

部屋が散らかっていても、まあ、いっか。

手作りのご飯じゃなくても、まあ、いっか。

ちょっとくらい喧嘩して宿題なかなか進んでなくても、まあ、いっか。(後でやってね笑)

子どもへの「まあ、いっか」は、そのまんま「自分への許し」でした。

そうやって自分に「やらない許可」を出していくことで、ガチガチだった私の心に、少しずつ『ゆとり(余白)』が生まれていったんです。

毎日ギリギリで頑張っているあなたへ

毎日を「やらなきゃいけないタスク」で埋め尽くして、自分の心をすり減らしているあなた。

もしかしたら、昔の私のように「ちゃんとできない自分」を責めて、苦しんでいるかもしれません。

でも、どうか気づいてもらいたいです。

毎日無事に1日を終えて、子どもと一緒にベッドに入る。それだけで、あなたはもう十分に100点満点なんです。

極限状態にならないと気づけなかった私から、あなたに伝えたいこと。

それは「もっと自分を甘やかして、心に余白を作っていいんだよ」ということです。

今日から少しだけ、一緒に「まあ、いっか」の練習、始めてみませんか?🌿

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