前回の記事では、他人の機嫌に「脳のメモリ」を奪われないために、
『嫌われる勇気』という本を紹介し、「他人に干渉しない生き方」についてお話ししました。
読んでくださった方の中には、
「よし、私も他人の目を気にするのをやめよう!」と決意してくれた方もいるかもしれません。
でも、同時にこんな風に苦しくなってしまった人も、もしかしていませんか?
「頭ではわかっているのに、つい人に合わせちゃう…」
「また他人の機嫌を取ってしまった。私には嫌われる勇気なんてない…」
今日は、そんな風に自己嫌悪に陥りそうになっている「真面目で優しいあなた」へ、一番伝えたいことを書きます。
自己啓発の「新たな呪縛」にハマらないで
自己啓発本を読んだり、誰かの発信を見たりして「なるほど!」と思うと、完璧主義な人ほど、それを新しい「〜すべき」という呪縛にしてしまいがちです。
「嫌われる勇気を持たなきゃ」
「他人の目を気にしてはダメだ」
そうやって自分を縛りつけ、できなかった時に
「またブレてしまった」
「なんで私はこうなんだろう」
と悩んでしまう。
でも、それって本末転倒だと思いません?
心に余白を作るために学んだはずなのに、その「正解」に縛られて苦しくなっているなら、一度むずかしい本はパタンと閉じてしまって大丈夫です。
「人に合わせる」のは、あなたの優しさ
つい無理をしてしまったり、他人に合わせてしまったり、機嫌を取ろうとしてしまったり。
それって、本当に「直すべき悪いクセ」なのでしょうか?
私は、決してそうは思いません。
それはあなたが、相手の気持ちを想像できる「気遣い」や「心遣い」を持っている証拠だと思うから。
日本人が大切にしてきた「おもてなしの心」や、「誰かに貢献したい」という思いやりそのものです。
「思わぬことを言ってしまった…」と後悔して悩むのも、相手を傷つけたくないという優しさがあるからこそ。
それって、すごく人間らしくて愛おしいことだと思うんです。
唯一の正解は「自分の心地よさ」
「他人に合わせるのがしんどい」からといって、無理やり自分を貫いて嫌われることが、必ずしも正解とは言えません。
「嫌われるのがOK」
「他人のことは気にしなくていい」
という極端な考えを、無理に受け入れる必要もないんです。
だって、嫌われるには本当にエネルギーと「勇気」がいりますから。
白か黒か、正しいか間違っているか。
そんな風にジャッジするのをやめてみませんか?
大切なのは、誰かが決めた心理学の正解ではなく、
「自分自身に違和感がなく、心地よい状態(=凪)であるかどうか」
ただそれだけです。
「今日はちょっと無理して人に合わせちゃったな。でも、それで丸く収まって私がホッとしたから、まあいっか」
そんな風に、いろんな角度から自分を見つめ、ブレてしまう人間くさい自分ごと「大丈夫」と受け入れてあげること。
嫌われる勇気と同じくらい、「人に優しくしてしまう自分を許す勇気」が、あなたの心をふっと軽くしてくれますよ🌿
【おすすめの処方箋】
「正解」を探して頑張りすぎてしまう人に、「もっと適当で、今のままでいいじゃん」と笑い飛ばしてくれる、大ヒットした韓国エッセイです。
👇
そして、「今日はもう、むずかしいことを考えるのはおしまい!」というくらい疲れ切っているなら。
脳のメモリを空っぽにして、極上の香りで自分の心と体を『凪』にしてあげるのもありかもです🛁
👇

コメント