「子どもが手を離れた時、私には何が残るんだろう?」
ふと鏡を見た時、あるいは夜、布団に入った時。
そんな得体の知れない不安に襲われることはありませんか?
私は40歳を過ぎてから出産したこともあり、50歳が近づく今も、子どもたちはまだ小学生です。
周りの若いお母さんたちと自分を比べては、
「体力がない」「もう若くない」と落ち込む日々。
家庭を一番に考えたいけれど、このままただ歳を重ねていって、私の人生はどうなってしまうのか?
この先の自分に、自信なんてこれっぽっちもありませんでした。
焦りと不安、そしてすべてを失った3年間
実は私には、仕事ができなくなり、家に引きこもっていた長く暗い時期があります。
「この不満だらけの状況から逃げ出したい」
「なんとかして自立しなければ」
その焦りから、起業やビジネスの学びに次々と手を出しました。
お金も時間もどんどん溶かしていきました。
でも、結果的にその3年間、私は何一つ形にすることができませんでした。
経済的にも困窮し、焦りと余裕のなさから交通事故まで起こしてしまいました。
どん底まで追い詰められてリモートワークを始めてみたものの、「やっぱり私は、決められた枠の中で雇用される働き方では息が詰まってしまう」と再度痛感する結果に。
その時、絶望の中でハッと気づいたんです。
「あぁ、私は今まで『これ』というものを一つも続けてこなかった。だから、何も残っていないんだ、、、」って。
残ったのは借金だけ。
もし最初から、焦らずに一つのことだけを諦めずに続けていれば、今頃何か確かなものが残っていたかもしれないのに。
どれだけ悔やんだって、時間は戻ってはきません。
その悔やむ時間すら、ムダなんだって気づくのにも時間は掛かりました。
「完璧なお母さん」も「何者かになること」も諦めた
年齢を重ね、体力も落ちていく中で、若い頃のように「何でも完璧にこなすスーパーウーマン」になろうとすれば、必ず心と体が壊れます。
かといって、「もう歳だし、子育てだけで精一杯だから」と、自分の人生を丸ごと諦めてしまうのは、あまりにも空虚で悲しいです。
一発逆転を狙って焦り、もがいて、結果的にすべてを失った私は、ようやく極端な生き方を手放すことができました。
今の私が続けている、小さなこと
だから今は、特別なことは何もしていません。
続けているのは、本当にただただ小さなこと。
ここでは2つだけ、紹介します。
1つ目は、一度は挫折して辞めてしまったこのブログを、もう一度自分の言葉で綴ること。
そしてもう1つは、1日たった10分だけ、家でできる小さな運動をすること。
本当に、続けられることを前提にしてる、それだけなんです。
若い頃のように「1日何時間も頑張るぞ!」なんて高い目標は立てません。
「絶対に無理はしない」と心に決めて、今の等身大の私にできるこの小さなことを、ただ淡々と続けています。
でも、不思議ですよね。
「今日も10分だけ運動できた」
「今日もブログを1記事書けた」
その小さな小さな積み重ねが、「何も続けられなかった私」の心に、確かな『凪』のような安心感と、静かな自信を育ててくれてます。
小さな火を、静かに燃やし続ける
50歳になり、体力も落ちて、子育てもまだまだ続く。
未来への不安が完全に消えることはないかもしれません。
でも、何者かになれなくてもいいんです。
大きな結果を出せなくてもいい。
「今の等身大の自分」を大切にして、自分との小さな約束を、諦めずにそっと続けること。
焦って無理をするのではなく、その「小さく続ける姿」こそが、数年後の私たちを確実に支えてくれる一番の財産になります。
あなたも今日から、たった5分でいい。
自分のための小さな何かを、一緒に始めてみませんか?🌿

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